• Dr.協友のこぼれ話

開発エピソード;自社創製殺虫成分「エトキサゾール」

協友アグリ 研究所長
松原 健

農業や農薬メーカーは常に病害虫との闘い

農作物を病害虫から守り、農作業の省力化と農業生産性の向上を図るため、農薬メーカー各社は新しい化合物の創製に力を入れています。また、従来の農薬に対して薬剤耐性・抵抗性を発達させた病害虫に対して高い効果を示す新しい薬剤の開発が世界中で常に求められており、協友アグリの研究所でも日夜 研究に励んでおります。

 

 

加えて、近年、ヒトへの安全性、環境への優しさ、農業生産での省力化・経済性と新規農薬に求められる技術水準は年々高くなっています。現在では新規農薬を開発できる確率は「十数万の化合物を合成してようやく一つ」と言われ、また、候補化合物が見つかってから上市まで10年以上の期間と100億から300億円の開発費用が必要とされます。協友アグリではその確率を出来るだけ上げ、期間・開発費用を低減すべく、研究所はもちろんのこと、関係各部一丸となって創意工夫し、新規農薬の創製を進めております。

「エトキサゾール」の創製

協友アグリ85年の歴史(前身の八洲化学工業(株)含む)の中で創製した有効成分の一つに、現在、殺虫・殺ダニ剤として世界で広く使用されている有効成分「エトキサゾール」があります。

それまでになかった構造を持つ新規化合物の創製を夢見て研究を始めたのは昭和55年のこと。大学との共同研究開発や研究員を大学に派遣するなど探索研究の方法から手探りでのスタートでした。しかし農薬につながる生理活性を持つ化合物はそうたやすく見つけられるものではなく、つぎつぎに合成した化合物は「評価0(効果なし)」の連続でした。

そんな中、以前よりきのこに含まれる生理活性物質に興味を持っていた合成チームのある研究員は、昔ハエを取るのに使われていたというハエトリシメジの殺虫性成分「イボテン酸」を参考にした化合物の合成を思いつきます。イボテン酸の持つイソオキサゾール骨格を参考に、同じ五員環の「オキサゾリン」を骨格に持つ化合物の合成をスタートしました。オキサゾリン骨格を持つ化合物は、当時農薬としてほとんど未開拓の分野でした。

オキサゾリン骨格を持つ化合物は、イボテン酸の周辺化合物のように「GABAアゴニスト」(害虫の神経に作用し麻痺させる化合物)の効果を示すものができると考えていました。ところが最初に合成した化合物「YK-800」が想定とは異なる効果『ナミハダニの卵にのみ特異的な効果(孵化阻害効果)』を示すことを当時の殺虫剤担当は見逃しませんでした。

そこで「YK-800」から少しずつ構造を変えた化合物の合成を続けたところ、「YK-800」の殺卵活性が100倍程度上昇した「YK-898」が見出され、「この化合物はいけるのではないか。この化合物にかけよう」と開発を決意します。

 

 

その後、より高い効果を求め、合成チームは数千もの化合物を合成し、生物チームがひたすら生物試験にかけていきました。なかなか望んだ効果のある化合物が現れずあきらめそうになりながらも探索を続け、ついに平成2年に選抜されたのが「エトキサゾール」でした。製品化にあたって製剤の検討も行い、エトキサゾールの効果を最も発揮できる「10%フロアブル」として製剤化しました。そしてエトキサゾールは平成10年4月に「バロックフロアブル」の商品名で農薬登録を取得。晴れて販売を開始しました。「YK-800」の発見から販売に至るまで、11年の歳月が費やされました。

 

創製後も研究は続く

ところが「エトキサゾール」の販売後、エトキサゾールに抵抗性を示すハダニ類の存在が表面化してきました。このハダニ抵抗性発達の原因について、社内研究に加え、京都大学との共同研究を実施し、ハダニのゲノム情報をもとに抵抗性発達の要因を突き止めました。こうして、エトキサゾールの開発を通して得られた知見は最新の学術研究にも役立てられています。

現在の課題とこれからの研究

近年では、農薬再評価制度導入やみどりの食糧システム戦略策定に代表されるように、化学農薬に関する規制の強化やSDGsを重視する動きが加速しています。当社では法規制への対応をするだけでなく、積極的にサステイナブルな事業展開に向けた取り組みを行っております。その一環として、化学合成農薬のみに頼らない防除資材の開発にも取り組んでいます。

例えば、粘性のある液剤によって害虫を窒息させる気門封鎖剤(物理的防除資材)「エコピタ液剤」「ピタイチ」は当社の自社開発剤です。これらの有効成分は食品の還元水あめや食品添加物に用いられるグリセリンクエン酸脂肪酸エステルであり、新たに化学的に探索したものではありませんが、製剤処方の試行錯誤や生物効果試験といった研究者の努力と工夫の産物であることに変わりはありません。

これらの資材を活用し、化学合成農薬のみに頼ることのない防除(IPM:総合的病害虫・雑草管理)を推進することで、農薬に対して病害虫が耐性・抵抗性を発達させることを回避し、持続可能な農業に貢献できると信じております。

開発した農薬が少しでも幅広く・末永く世界の植物防疫の一助となることを願いながら、私たちは日々の研究開発に取り組んでいます。

エトキサゾール含有 製品ラインナップ

バロックフロアブル:りんごのリンゴハダニ、かんきつのミカンハダニ、お茶のカンザワハダニなどハダニ類の防除に

メビウスフロアブル:かんきつのミカンハダニ、ミカンサビダニ、アザミウマ類、ナメクジ類などの防除に

ネコナカットフロアブル:ニラのネダニ類、ほうれんそうのケナガコナダニ類の防除に